ありがとうございました
今年は色々なことがありました。


別れがありました。


出会いがありました。


深まった絆がありました。

車椅子からの目線で、様々なことを学んだ1年でした。



私を支え、励まし、応援して下さるたくさんの方々のおかげで、一年間無事に過ごすことができました。


ありがとうございました。
みなさんからいただいたものを、自分の強さと優しさにして、還元していきたいです。
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【2009/12/31 17:56 】 | 想う事 | コメント(4) | トラックバック(0) |
悲しすぎると涙もでないんですね
職場で仲良くさせていただいていた守衛さんが、交通事故で亡くなりました。

娘のように可愛がって下さり、
出勤すると、いつも笑顔で大きく手を振って迎えてくれました。


雨の日は玄関まで出てきて、カッパを畳むのを手伝ってくれました。


仕事中にすれ違うと、ちっちゃく敬礼するのが私と守衛さんの合図でした。


仕事帰りにおしゃべりをするのが楽しみでした。
守衛さんの笑顔を見ると、仕事の疲れも、体の痛みも癒されました。


数日前にも会って話したばかりです。


「気をつけてね」と手を振り見送ってくれました。


別の守衛さんから、いつも私のことを気にかけてくれていたことを伺いました。





なんで…
なんで…




守衛さんのご冥福と、
御家族が少しでも心穏やかにお過ごしになれる日が訪れることをお祈りいたします。
【2009/12/29 10:32 】 | 日記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
優しさのバトン
Ken's Barの休憩時間にトイレに行こうとロビーに出た。

あっという間に前後左右を人が埋めつくし身動きが取れなくなった。

周囲の流れに合わせて少しずつ少しずつ前進するが、トイレを急いでいる女性が多く、肩やコントローラーを持つ手に容赦なく鞄や体が当たる。

足を轢かないように足元を見ようにも人が多すぎて足元が見えない。

進むことも戻ることも出来なくなった時に、真後ろにいた女性が
「大丈夫ですか!?」と声をかけてくれた。

いつもの癖で、大丈夫です。
と答えると

その女性が周りをかき分けて私の前に来た。

急いでるのかな?と思ったら、
「トイレですよね。」と言って誘導を始めてくれた。

お陰でぶつかることも無くなり、誰の足も轢くことなく集団の激流を乗り越えトイレに辿り着けた。


お礼を言うと、その方は「どういたしまして」と言い、混雑したロビーに消えていった。


きっと、ご自身も用があってロビーに出られたのに、トイレだったらそのまま並んだ方が早く順番が来ただろうに。

限られた休憩時間だから、多くの人が自分のことでいっぱいいっぱいになってしまうのも仕方ないのに。


ご自分のことより、見ず知らずの人の為に時間を優先してくれた優しさに胸がいっぱいになった。


ありがとうございました。

鞄がぶつかり、
人がぶつかり、

体以上に心が痛くて、

車椅子で外に出ること自体が迷惑でしかなく、
自分が悪いことをしているような気持ちになりかけたけど、

あなたのおかげで、折れそうになった心を立て直せました。


あなたに貰った優しさを別の形にして誰かに渡します。


本当にありがとう。
【2009/12/24 19:33 】 | 幸せ探検隊 | コメント(2) | トラックバック(0) |
開店目前
Ken'Bar開店前に念のためトイレに行こうとしたが、ロビーに人が溢れていて、ぶつかるのが怖くてその中に飛び込む勇気はなかった。
まあ、休憩時間になったら意を決して行こう。

あと、10分で開店です♪
【2009/12/23 17:56 】 | ライブ | コメント(0) | トラックバック(0) |
お酒飲まないけど、Barに行ってきます
平井堅のKen's Barに行ってきます。

テーブル席と指定席があり、私は指定席のチケットを取りました。

Barと言うだけあって、1ドリンク付きです。
【2009/12/23 17:06 】 | ライブ | コメント(0) | トラックバック(0) |
大学病院は一日がかり
今日は大学病院でアトピー専門医の診察を受けてきた。


7:30
自宅を出発


9:20
大学病院着


受け付け票を見たら、22番目。

診察状況パネルではまだ3人目を診察中。
じっくり話を聞いてくれる先生だから、一人10分だとしても200分(3時間20分)待ち。


11:30
時間潰しに1階にあるコンビニへ行こうとするが、エレベーターが4台連続満員で乗れず断念。

DSで『レイトン教授と悪魔の箱』をやりつつひたすら廊下で待つ。


13:00
レイトンに飽きる。


13:40
やっと呼ばれる。
4時間20分待ち。

細かく症状を見てくれた。合わない薬も変更してもらえた。


13:55
診察終了。


会計に伝票を出して遅めのお昼ご飯。


14:30
会計終了


16:20
帰宅


電車乗って
待って
電車乗っただけなのに
ぐったり。


主治医の診察も4ヶ月ぶり。
4時間待ったとしても受けたい診察だった。
今の主治医に出会って、7年間苦しんだアトピーから解放された。

アトピーを薬でコントロールしている私には必需品の薬ばかり。
無いと酷い痒みで日常生活が送れなくなる。

鎮痛剤は万一無くなっても我慢できるけど、痒みは我慢できない。

これで安心して年末年始を過ごせる。
【2009/12/21 22:59 】 | 日記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
父が霊安室に移された後、主治医や看護師さん、PT・OT・STの訓練士さんが来て下さった。

患者が亡くなることには慣れているはずの医療従事者なのに、皆さん大粒の涙を流してくれた。

お父さん、良かったね。
みんな泣いてくれたよ。
お父さんがどれだけ手厚く診てもらっていたか分かったよ。
発作で緊急入院した病院が受け入れ態勢を整えていたけど、動かせる状態じゃ無くなっちゃったんだよね。
行きたくなかったのかな。あの病院は嫌いだったんだよね。
リハビリ病院に転院してからお父さんに笑顔が戻ったってお母さん喜んでたよ。
大好きなみんなに送ってもらいたかったんだね。



葬儀社の担当になった方もとても親切で、何がなんだか分からない家族をさりげなくサポートして下さり、
祖母の葬儀でも利用してくれたからと、祭壇に飾るお花もとんでもなくサービスしてくれた。
担当の方も「上司には見せられない」と言うくらい豪華にしてもらった。

司会の方は、家族葬という事もあり、私と兄から父との思い出を聞いて、
葬儀の時に、私が伝えなかった想いまで言葉にして、在りし日の家族が思い浮かぶような素敵なスピーチをしてくれた。

そして、出棺の前、最後のお別れをしている時に、担当と司会の方がホールの隅で涙をぬぐっていた。

お父さん。
「死」を前提にお仕事をしていて、私達にも4日前に会ったばかりの方達まで泣いてくれたんだよ。
良かったね。

親戚みんなも泣いたけど、半分は笑顔だったね。
沖縄の貝殻と珊瑚や、釣道具プレゼントしてもらって良かったね。
私とお母さんからは手紙ね。もう読んだかな。

住職はかなり破天荒だったけど、
後で、奥様が「皆さんが悲しみすぎないようにあの人なりの配慮なんです。」とおっしゃっていた。

分かってます。
父と同世代の住職。40年以上の付き合いだもの。
父の骨を収めている時に、住職が本当に悲しそうな顔でじっと見つめていたのを私は知っています。



悲しいはずなのに、温かい空気に包まれた葬儀・告別式になったね。
きっと、お父さんが安心した顔していたからだね。
家族葬にして良かったね。
【2009/12/20 18:33 】 | | コメント(2) | トラックバック(0) |
父として、夫として。
もう、11日経ったんだ・・・。

父は最期まで「父親」であり「夫」だった。

私達が病院に向かっている間に、父の心臓は止まり、心臓マッサージと挿管処置を受けていた。
もし、遺された家族がその光景を見ていたら、
もしくは、慌しく動く医師や看護師の姿や声を聞いていたら
精神的なショックは相当なものだっただろう。

私達が到着した時は全ての処置が終わり、父は静かに横たわっていた。
母、兄、私に囲まれて、呼吸が止まった瞬間が分からないくらい眠るように旅立った。
医師が死亡確認をしても、私には眠っているようにしか見えなかった。
それほど、穏やかな最期だった。


思えば、10月下旬に重積けいれん発作を起こした時も、デイサービス先だったので、
家族は酷い状態を見ていない。
現場にいた看護師さんからは、かなり酷い発作だったと聞いたが、見ていないから頭に浮かばない。

もし発作が自宅で起きていたら、母の動揺は凄まじかったと安易に想像できる。
トランスの最中だったら、意識を失った父に母は押しつぶされていたかも知れない。


私と母が見た父の苦しむ姿は、最初の心筋梗塞が起きた時だけ。

後は、家族に見せなかった。
偶然なんだろうけど、私には家族への思い遣りに思えて仕方ない。

兄も「父親の威厳だったのかな」と言っていた。


そして、母は、2年半前の心筋梗塞は死んでいてもおかしくないほど重症だったけれど、命拾いしたのは、
急に逝ってしまい家族を悲しませることの無いように、
2年半の猶予を作ってくれたのかもしれない。
と言っていた。

私もそう思う。


私も兄も、そして母も穏やかでいられるのは、父のおかげだと思っている。
【2009/12/20 17:59 】 | | コメント(0) | トラックバック(0) |
お迎えが来ました
本日15時過ぎに父は天国へ出掛けました。

駆けつけた時に意識はもうなかったけれど、自発呼吸を確認できて、最期は家族で看取れました。


眠るように穏やかな最期でした。


今は淋しさよりも、父が苦痛から解放された事にホッとしています。


2年半かけてお別れの準備をしてきたから覚悟ができていたのか、
実感がないからなのか分かりませんが比較的落ち着いています。


父の回復を願って下さった皆様、
ありがとうございました。

家族で穏やかに送りたいと思っています。
【2009/12/10 19:03 】 | | コメント(3) | トラックバック(0) |
頑張った!
いつもは駅の有人改札で並んでいる時に、割り込みされても黙って我慢しているけど、

今日は言ってみた。

「あの、並んでいるんですけど。」



後ろに並んでくれた。


逆ギレされるかと内心ヒヤヒヤしていた。


ああああ、怖かった!
【2009/12/07 19:31 】 | 電動車椅子 | コメント(2) | トラックバック(0) |
ちょっとした外出さえハードル高し
自宅から車椅子で30分くらいのところにレンタル屋さんがある。

今日は天気もいいし、行けない距離じゃないけど、
そのレンタル屋さんのスロープは恐ろしく急で、
スロープの入り口の真横に駐車スペースがあるから、
車が駐車してあると、車椅子が入れない。

付けろって言われたから付けました感がたっぷり漂うスロープ。

30分かけて行って入れなかったら嫌だし、
急なスロープでずっこけたら恥ずかしいし、
万一転倒しても、助けてもらえる保障なんて何もないし、



そんなこんなでぐだぐだ悩んで既に30分。


車椅子になったら痛くないからどこにでも行けると思っていたけど、
実際使うようになったら
そんなこと全然無理だと思い知った。


行けない場所の方が圧倒的に多い。


バリアフリーは進んでいると言うけれど、机上の空論ばかり。

設計する人は実際に車椅子に乗ってみて欲しい。

130cmの視線がどれだけ怖いか、
大袈裟なくらいのスペースがないとどれだけ動きにくいか、
体験して欲しい。

【2009/12/06 16:05 】 | 電動車椅子 | コメント(2) | トラックバック(0) |
あと少し!
今日一日堪えれば、土日は休み。

今日も相変わらず痛みは強いまんま。
明らかに体が悲鳴をあげている。

酷使してごめんね。
あと少しだから付き合っておくれ。


モノレールの窓から、裾野まで白くおめかしした富士山がバッチリ見えた。

ちょっと穏やかになれた。
【2009/12/04 08:00 】 | 日記 | コメント(2) | トラックバック(0) |
ただいま
なんとか今日の仕事は終えた。

新人さんが声をかけるのを躊躇うくらいに全神経を集中させて、午前中に一気に請求業務を完成させた。

自分の責務を果たせてホッとした。


午後からは比較的穏やかに業務をこなす。

鎮痛剤を飲み、ホットパックで足を温めながらなんとか1日倒れずに過ごせた。

良かった良かった。


が、帰り道で電池切れ。

小雨が降っていたが、カッパを着る気力も体力もない。
傘をさすが、小型でかなりの軽量折り畳み傘でさえ重い。

もういいや。と思い、傘をたたみ濡れながら帰った。


帰宅後すぐにベッドに倒れ込む。

お腹は空いているが起き上がる力がない。

で、現在に至る。

お腹空いた。。。
【2009/12/03 22:03 】 | 日記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
朝から限界状態
猛烈に体が痛い。

どこが痛いんだか分かんないくらい痛い。

歯を食い縛らないと動けない。

気を緩めたら泣きそうだ。

今日と明日は仕事を休めない。
しかも今日は残業あり。





一歩も歩きたくないけど、そんなの無理。

やるしかないんだ。
【2009/12/03 07:39 】 | 日記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
危ないのはどっち?
エレベーターを降りて少し進んだら、左方向からかなりのスピードで走ってくるおば様がいた。

ぶつからないように車椅子の速度をぐーんと下げて、ダッシュおば様をかわそうとした。

おば様の視界に私が入った途端、

「危ないっ!」

とはっきりと聞こえる声で言ったあと、恐い顔したまま走っていった。




たくさんの人が往き来する駅前でダッシュするあなたの方が、よっぽど危ないですよ。


それとも、
車椅子は存在自体が危ないのかな?



どんなに気を付けても、
危ないと言われる。


悲しくなる。
【2009/12/01 20:30 】 | 電動車椅子 | コメント(4) | トラックバック(0) |
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