世の中捨てたもんじゃない
今日はちょっと無理しました
重たいものを持ちすぎました
重たいものを持つと関節を痛めてしまうのはよーーーくわかっているけど、大変な仕事を人にお願いするのが申し訳なくて、一人で頑張ってしまった。
もちろんすぐに関節は痛くなって、湿布を貼りながら、「こんなご主人でごめんね」と関節君に謝りました。

反省
明日からは自分の限界を超えないように調整します。

そんなこんなで今日の仕事帰りは、いつもにも増してグダグダでしたが、電車は混んでいて空席無し。
2駅だから頑張ろう。。とつり革に掴まった途端に、目の前に座っていた3名の方が一斉に立って席を譲って下さいました。
3名の方にそれぞれお礼を言って、ギリギリ一人分のスペースで座れるのでお一人の方に席を譲っていただきました。

こんなことってあるんですねぇ


降りる時に、もう一度譲ってくださった方にお礼を言ったら、笑顔を返してくれました。

見知らぬ者同士でも笑顔を交わせる幸せ貰いました。


ありがとう。
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【2008/07/29 22:29 】 | 日記 | コメント(2) | トラックバック(0) |
物語を書いてみました
あるところに、ややちゃんという名前の女の子がいました。
ややちゃんは見た目はみんなと同じだけど、ひとつだけみんなと違うところがありました。
それは、ややちゃんは体の中に、お医者さんでも困ってしまう難しい病気を持っている事です。

だから、みんなが当たり前のようにやっていることが、ややちゃんには出来なかったり難しかったりします。
でも、ややちゃんはいつも笑顔でみんなが笑ってくれるのが大好きでした。
ややちゃんはみんなと同じように当たり前のことがしたくて、体が痛くても一生懸命頑張りました。

それから幾つかの季節が過ぎて、暑い暑い夏がやってきました。
街を歩く若い女の子はみんなかわいいサンダルを履いています。
それをみたややちゃんは、自分も履きたくなりました。

でも、履けませんでした・・・

ややちゃんの足首はグラグラ動くので、両脇からしっかり支えてくれる丈夫な靴でないと歩けないのです。
それでもややちゃんはかわいいサンダルが履きたくて、転んでも転んでもサンダルを履き続けていました。
そしてある日、サンダルを履いたまま出掛けたややちゃんは転んで大怪我をしてしましました。

その日を最後にややちゃんはサンダルを履かなくなりました。
そのかわり、街行く女の子の足元を見ては「あーいいなぁ。私も履きたいなぁ」と羨むようになりました。

どこに行っても羨ましいばかりでちっとも楽しくありません。

ややちゃんはどんどん元気がなくなっていきました。
遂には、みんなを笑わせることもしなくなり、ややちゃんの顔から笑顔が消えてしまいました。



ある晩、ややちゃんは不思議な夢を見ました。
それは、ややちゃんが大好きなおばあちゃんと、雲の上を散歩している夢でした。

雲の隙間から見える街を指差しておばあちゃんはゆっくりと優しくややちゃんに話しかけました。
「ほれ、下をみてごらん。たくさんの人がいるね。その中でも蒼く透き通った空の色をした人と雨雲のようにどんよりしている人がいるのがわかるかい?」

ややちゃんは目を凝らして街を見ました。
すると、おばあちゃんの言うとおり蒼く透き通った空の色をした人と、雨雲のようにどんよりしている人がいました。
「おばあちゃん、見えたよ。でも、なんであの人達は色が違うの?それに空色の人は笑ってるけど、どんより色の人はつまらなそうだよ。」

おばあちゃんはややちゃんを膝の上に乗せてややちゃんの頭をなでながら話しました。
「蒼く透き通っている人は、人と比べるんじゃなくて自分の中の自分と向き合って、自分で答えを出して歩いている人なんだよ。どんよりしている人は、人と比べて、自分の持っていないものを他人が持っていると羨ましくてしかたないんだね。悩んだら誰かに答えを教えてもらうのを待っている人なんだよ。」

「ふぅ~ん」と言って、ややちゃんはもっと目を凝らして街を見ました。

すると、蒼でもどんよりでも無い人がいたのです。
その人はどんよりとした中がピカピカ光っていて真上から大粒の雨を降らせています。

「おばあちゃん!!あの人は?」

おばあちゃんはややちゃんの手をしっかり握って教えてくれました。
「あの人はねぇ、今自分自身と戦っているんだよ。羨ましいと思う気持ちと、自分は自分なんだという気持ちがぶつかって雷が光って心から雨が降っているんだよ。ほれ、ややちゃん、よく見とくんだよ。」
と双眼鏡を渡してくれました。

ややちゃんは、双眼鏡を覗いてその人の様子をじっと見ていました。
しばらくすると、雷と光はなくなりどんよりとした雲の隙間から綺麗な青空が見えてきました。
その人の顔はとても穏やかで優しい笑顔になっていました。

おばあちゃんはまたややちゃんの頭を優しくなでながら穏やかに話してくれました。
「ややちゃん、人はねそんなに強くはないんだ。当然弱い心も持っていていいんだよ。
でもね、人はそれと同じくらい強いんだよ。信じる道を見つけたらどんな困難も乗り越えてゆける。
だけど、ずっと強くはいられないよね。そんなときは休めばいいんだよ。休みすぎてどんよりしちゃったら、さっきの人みたいに自分と戦ってたくさん雨降らせて、地ならしをするんだ。
そしたらまた青空に戻れるんだよ。
ややちゃんは今何色かい?おばあちゃんはいつでも見守っているからね。」

振り返ると、おばあちゃんの姿はありませんでした。

ややちゃんは目を醒ましました。
目からは涙が流れていました。

「私はかわいいサンダルは履けないけど、私のために一生懸命作ってくれた世界にたった一つしかない靴がある。私はこの靴を履いて街を歩きたい」

ややちゃんは穏やかで優しい笑顔の女の子に戻りました。





【2008/07/29 00:12 】 | 小話 | コメント(3) | トラックバック(0) |
前へ進むために
人は順風満帆の時よりも、逆境に立たされている時の方が成長する、と信じている。
過去を振り返ってみても、失敗から学んだ事、つらい時に考えて考えて導き出した答え、そういうものが自分を構築している。

だから、今は、またひとつ成長する機会を与えられたと思っている。

でも辛い。

昨夜はどうしようもない怒りの感情が心の奥の方から沸き上がってきて、噴火直前の火山のようだった。

人生には一人で乗り越えなければならない時がある。
でも、いろんな物を抱えすぎて、持ってる荷物が重くて腕も肩もちぎれそうで足もフラフラ、一歩も動けなくなる。
そんな時は誰かに話を聞いてもらうだけで、余計なものが振り落ちて荷物が軽くなる。
そしてまた歩き出せる。

私はこれが苦手だ。

本当は誰かに話を聞いてほしい。一人で抱えきれない問題の時は助けてほしい。
でも、子供の頃の私は誰にも何にも言わない子供だった。

ハムスターなどの小動物は病気になっても具合の悪さを隠して元気な振りをする。なぜなら、弱っているところを見せると天敵の標的にされるから。生き抜くための本能。

私もハムスターだった。弱さを見られて攻撃された。だから隠した。
(体の異常も隠した。幼少時からEDSの症状はかなり出ていたけど、27歳になるまで病名がわからなかった要因のひとつかもしれない。)

ボロボロになっても「何でもない」、「大丈夫」と言って虚勢を張ってしまう。そしてある日限界を超えて倒れる。そうなってまわりは初めて気付く。

でも、このままじゃいけないと思った。自分も傷つくし、周りにも迷惑をかけてしまう。
『百害あって一利なし』だと気付いた。

だから、最近はひとりで抱え込まないように気をつけている。
悩みを聞いてもらったり、違う角度から見た意見を聞くようにしている。

そして、それが出来るのも、受け止めてくれる人がいるから。
頷いて聞いてくれて、一緒に考えて、一緒に泣いて、一緒に喜んでくれて、時には叱ってくれる人達が私のまわりには大勢いてくれる。
見守ってくれている。
きっと病気でなければ気付けなかったであろう優しさに包まれている。
そういう意味では、この病気を持って生まれてきたことに感謝している。

だから、前に進むために、今の気持ちを書きます。


なんで私なんだろう?
病気でなければこんなに苦しまないで済んだのに。

脱臼再発は絶対に嫌だった。
Drは「手術すれば99%再発しない」って言ってた(私がEDSと判る前の話です)
なんで1%に入っちゃったんだろう。。
悔しい。。。

必死の思いで手に入れた「普通の生活」という名の砂が、指の隙間からサラサラとこぼれ落ちていく。
砂が無くなったら、手のひらには何が残るの?

意味の無い命なんて無いって言うけど、私が生まれた意味って何だろう?
EDSを背負った使命があるのなら、この病気を通じて何を伝えればいいの?

痛くて、苦しくて、悔しくて歯を食い縛り続けていたら根っこが割れた。
あとどれだけ耐えればいいの?
一生?










もっと強くなりたい。
もっと優しくなりたい。
もっと人生を楽しみたい。

応援してくれるみんなの気持ちに応えたい。



今はその為の下地作り。







【2008/07/26 00:10 】 | 想う事 | コメント(1) | トラックバック(0) |
再発。。
膝の亜脱臼が5年ぶりに再発しました。


初めて脱臼したのは、9歳か10歳の頃。
学校からの帰り道、突然の膝の激痛と同時に倒れ、何が起きたのかわからなかった。
膝を見てもなんとも無い。(転んだ衝撃で整復したから)でもすごく痛くて立ち上がれない。
しばらくその場で休んで足を引きずりながら帰宅した。
膝が少し腫れて強張り1週間位正座が出来なかった。

親にこの出来事を話したが、「脱臼」という言葉をまだ知らず、身に起きたことを上手く言葉に出来なかったので「膝がガクッてなってすごく痛かった」ぐらいしか言えず、体の異常を伝えられなかった。


その後、両膝の脱臼を頻繁に繰り返すようになった。
小さな石や点字ブロッなどの僅かな段差、靴のかかとを踏まれたときや床が滑るときなど、足にかける重心バランスを崩した時によく脱臼した。


だから、下を向いて足元を見て段差や障害物が無いかを確認しながら歩いた。
いつもうつむいていて、歩くのが遅いから、「ドンくさい暗い子だ」という声が周りから聞こえていたがどうすることも出来なかった。何度か試みたが伝え方が下手で親に伝えることは出来なかった。


歩いているときは常に緊張して足に神経を張り巡らせていた。
遊んでいても、いつも膝を庇って脱臼に脅えていた。
歩くのが怖くて仕方なかった。。



サポーターを付けた時期もあったが、積極的な治療をすることなく、25歳まで脱臼の痛みや恐怖を誰にも話せずに過ごしてきた。


転機は、アトピーの治療で通っていた大学病院の整形外科を受診した事だった。
原因不明の重症の膝蓋骨脱臼と診断を受けて、2ヵ月後に右膝の手術を受けた。
術後、痛みが取れて歩いたときの衝撃は今でも忘れることが出来ない。
力を入れなくても膝がぐらつかない!!関節内で膝蓋骨がぶれる事もない。
この時初めて普通は力を入れなくても膝が揺れない事を知った。
半年後に左膝の手術も済ませた


生活が何もかも変わった。
今までは歩くのが怖くて極端に狭かった行動範囲が広がった。
消極的だった性格も、色んな事にチャレンジするようになった。
脱臼の恐怖に脅え神経をすり減らして暮らす人生とは一生サヨナラできたと思った。

嬉しかった。


でも、再発した。


エーラスダンロス症候群は緩い関節を手術しても、元に戻ってしまう。
このことを知ったのは、自分がエーラスだとわかってから。
でも、心のどこかで自分は大丈夫だと信じたかった。
嘘であって欲しかった。


先月セカンドオピニオンDrから「いずれ100%膝蓋骨脱臼は再発する」とお話を伺って落ち込んだ。

現在膝は脱臼予防のサポーター(Drや装具士さんの指導の下)を装着していて、
Drからもサポーターをしていれば脱臼のリスクはかなり防げる」とお墨付きをいただいたから、サポーターや装具の力を借りれば、以前のような生活には戻らない!と気持ちを切り替えた。





でも、、、サポーターをしっかり装着した状態で亜脱臼した。

1回目は先週の金曜日。
椅子に座ろうとして腰を少し下ろした時に右膝蓋骨が亜脱臼した。

2回目は今朝。
通勤電車の中で、電車が揺れた瞬間に左膝蓋骨が亜脱臼した。

どちらもそんなに痛くは無かったが、骨と骨がぶつかる違和感と恐怖感は以前と全く変わらなかった。


帰り道、悔しいのか悲しいのか怖いのか分からないけど、涙が溢れそうになった。



今までも幾度も落ち込んだ。
その度に周囲の人達に支えられて、再び自分と立ち向かうことが出来た。

今日は現実から目をそらしてしまったが、またちゃんと自分と向かい合いたい。
それまで、ほんのちょっと充電期間に入ります。



長々と書いてしまいました。
最後まで読んで下さりありがとうございます。

















【2008/07/23 22:37 】 | 病気 | コメント(4) | トラックバック(0) |
来たら迷惑?
5月に右足首を捻挫してしまい、シーネ(取り外し可能なギプス)を付けて、松葉杖をついて歩いている。

電車に乗って、つり革につかまると、前に座っている人はなんで困った顔をするの?
それまでとなりの席の人と楽しそうにお喋りしていたのに、なんで黙りこくって顔を伏せるの?

席を譲っていただければありがたいけど、絶対に立っていられない訳じゃない。


自分のように見た目ではわからないハンディを抱えている方はいっぱいいる。


譲りたくても譲れない理由があるのかもしれない。


でも、せめて優先席に座っている時は携帯電話を使わないでほしい。
最低限のマナーは守りましょう。
【2008/07/23 19:45 】 | 日記 | コメント(0) | トラックバック(0) |
記録更新中
7月に入ってから、体調不良で仕事を休んだ日数。



0日!!




記録更新中です。
出来るだけ更新し続けたいっ!!!
頑張るぞ
【2008/07/21 20:29 】 | 記録 | コメント(6) | トラックバック(0) |
やりたい事と出来る事
エーラスダンロス症候群(以下EDS)に現在治療法は無い。
でも、以前ある医師から「治療法は無いけれど、あると言えばある。それは休養すること。体を休めることが治療です」と教えていただきました。

確かにその通りだと思う。
医学書には書いてないけれど、EDSはとても疲れやすい。

一日普通に仕事をしただけで、グッタリしてしまう。体を起こしていることが辛い。だから、仕事の後に遊びに行く事は殆どない。
土日も、土曜日に仕事・通院・遊びなどで出掛けると、月曜日から土曜日までの疲れを取る為、日曜日は家でおとなしくしていないと、月曜日に仕事に行けなくなってしまう。

土曜日は月に2~3回は仕事、最低1回は通院があるから、フリーで遊べる時間は限られてくる。
でも、やりたい事、行きたい場所、は健康な人と同じくらいいっぱいある。
あれもこれもやりたいけど、どれか1つしか選べない。体調が悪ければ、全部選べない。
以前は、出来ないことばかりを見ていた。
やりたくても出来ない自分の体が憎たらしかった。

今は少し違う。
たくさんあるやりたい事の中から、どれを選択するのかを楽しむようにしている。
後からでもできることは、第二候補へ。今しか出来ないことは第一候補へ。
第一候補を軸に、前後の予定を入れていく。
そして、やりたい事をやって、さらに体への負担を少なくする方法を見つけた。

それは、欲張らないこと。

例えば、旅行に行ったとすると時間を有効活用してあそこにもここにも行きたくなるけど、そこはちょっと我慢して、本当に行きたい場所をメインに十分楽しんでその他は体調が良ければいく。

こんな風に考えるようになってから、気持ちが楽になった。
歳をとった証拠かしら。

この作戦を活用して、8月、9月は初の遠征です。

8月は、北海道!! 
大泉 洋さんをはじめ、所属事務所タレントさん全員参加のお祭りイベントに行ってきます。
2年に1回しかやらないからどうしても行きたかった。

9月は、和歌山!!
コブクロのファンフェスタに行ってきます。
10周年+年に1回のファンフェスタ+コブクロ第二の故郷和歌山での開催。
チケットの都合上、こちらはひとり参加だけど楽しみです。


どちらもイベントメイン。観光は出来る範囲でと、考えています。





【2008/07/20 12:54 】 | 病気 | コメント(4) | トラックバック(0) |
暑い、  と・・・
エーラスダンロス症候群には6つの型があり、私はその中でも「Ⅲ型」または「関節型」と呼ばれるものにあてはまります。
Ⅲ型は主に関節に症状が出ます。
私は全身の関節が緩いです。膝は幾度と無く脱臼を繰り返してきました。
そして関節症状以外にも、皮膚や血管に症状がでます。
皮膚は脆く、軽い衝撃で剥れたり裂けたりします。
また、末梢血管が脆いようで、鞄がぶつかったりしただけで内出血を起こします。
通勤電車から降りると腕に内出血が出来ていたり、血が滲んでいるのはしょっちゅうです。
なので、腕は傷跡だらけです。

私はアトピー性皮膚炎も治療中です。
今は薬の助けを借りて、外見からはアトピーだと判らないくらい回復しています。
でも、暑さと湿気は大敵です。
ジワーッと張り付くような暑さの中にいると、あっという間に皮膚が痒くなってきます。
痒くなると、ダメだと判っているのに掻いてしまいます。
すると、あれよあれよと腕、足に内出血が出てきます。絵の具で線を引いたように内出血する時もあれば、点々と水玉のように出ることもあります。
少しでも皮膚を傷つけないように爪はいつでも短く切っています。(白い爪が1ミリ伸びたら切ってます)それでも、内出血してしまう・・・
因みに今日は水玉です。
内出血だらけの腕を人にじろじろ見られるのは好きでは無いけれど、かと言って、長袖を着れば、暑くてまた痒くなって掻いてしまう。
皮膚を保護するためにも、長袖を着た方がいいのですが、痒さには耐えられず、夏場はいつも半袖か7分袖です。

じゃあ、冷房の効いた部屋なら大丈夫なんだね、と思われるかもしれませんが、冷房の効いた部屋では関節が痛くなってしまいます。職場では私のデスクだけ1年中ブランケットが2枚置いてあります。

暑いと痒いし寒いと痛い。
なかなかやっかい者です。




【2008/07/19 22:00 】 | 病気 | コメント(0) | トラックバック(0) |
はじめまして!
はじめまして。

ブログをやりたいなぁと思って早2年。
やっと重い腰が上がりました。
エーラスダンロス症候群という病気を持っています。病気のことや、日々の出来事を書き綴っていきたいです。
初心者なので、たどたどしいと思いますが、温かい目で見守っていただけると嬉しいです。
よろしくお願いします。
【2008/07/19 15:19 】 | はじめまして | コメント(8) | トラックバック(0) |
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