掃除機
母が新しく掃除機を買った。
それまでのは本体もノズルも重たく使いにくかった。
私には重たすぎで全く使えなかった。
だから、自分の部屋の床掃除はクイックルワイパーのみ。(母に、部屋の中はノータッチにしてもらっています。)
新しい掃除機はコンパクトで軽量。
母は「軽くて使いやすい」と御機嫌。
スイスイ動かす母を見て、そんなに軽いなら私でも使えるかも。
母からも、これなら大丈夫よ。とお墨付き。
使ってみた。
母は軽いと言うけれど、持ち手が少し重たかった。
しかし、以前のものに比べれば私でも持てるし動かせる。
約6畳のフローリング。
掃除機を使ったのはたったこれだけ。
翌日、全身の痛みで寝込んだ。
気圧は安定していた。
特段無茶な運動はしていない。
思い当たるイレギュラーな行動あったっけな。
あっ。
あった。掃除機だ。
どんだけ軽い掃除機でも、私の体はもう耐えられないんだ。
知らなかったよ。
知らない間に出来なくなっちゃってたよ。
先月の出来事です。
未だショックの最中にいます。
健康なら、
普通のこと、何でもないこと、当たり前のこと、
日常生活のそれらを、失っていく。
なんとなく失いつつあることに気づくものもあれば、
今回のように、失ったあとに気づくものもある。
精神的な衝撃は、後者の方が断然大きい。
今、ひとつひとつの行動が怖い。
失った現実を突然突きつけられるのが怖い。
私個人の認識ですが、
エーラスダンロス症候群は、やろうと思えば代償と言う身体能力を使い、それなりに動けてしまいます。
しかし、関節に過度の負担がかかれば、後から寝込むほどの強い痛みに襲われます。
しっぺ返しってヤツです。
それは、もう出来なくなったこと、やってはいけないこと、に分類されます。
進行を速めてしまうからです。
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【2016/11/24 23:41 】 | 病気 | コメント(0) |
凶器が隠れている家
お風呂の栓を繋いでいるチェーンを固定している部分。

これ。↓


浴槽から出ようとした時、ここに膝がぶつかった。
皮膚と膝のお皿に走る鋭い痛み。
膝が押し付けられ、足の骨と膝のお皿がぶつかり重い痛み。

あまりの痛みに、膝を手で押さえたまましばらく動けなかった。
恐る恐る押さえた手を離すと、

案の定、V字型に皮膚が裂けて、出血たらーり。

裂傷による出血は、我が家では恒例行事なので、
私も母も驚きません。

風呂場から
「おかーさーん、膝切って血でたー。ティッシュと絆創膏持ってきてくださーい。」

「はいよー。あららぁ、切ったねぇ。ここ置いとくね。」

「ありがとう。」





出血したことに気付かず、床に落ちた血痕で、ようやく、どこかしらを怪我していることに気付く。

「ねぇ、床に血が落ちてるよ。どっか切れてるんじゃないのー?」

「へっ?(体をあちこち点検する。)。あっ!肘裂けてた。消毒と止血してくるわ。」

「はいよー。」

このような会話が我が家では日常茶飯事です。

今回の膝裂傷は軽傷でしたが、
ぶつけた勢いでめり込んだ膝が痛い。
子供の頃よく感じた痛みだ。
でも、あの頃の痛みに比べれば、ほっぺをつねられた程度の痛み。





カブの浅漬けを仕込みながら、母の一言。

「家の中のどこに凶器が隠れてるかわからんね。ははは。」



こんなことを普通に言えちゃうくらい、
私も母も、エーラスダンロス症候群のやらかしに慣れてきたのだろ。
これを、「受容」と捉えていいのかはわからないけれど、

慣れにより、人は、度胸がつくことは確かなようだ。

【2016/10/28 00:14 】 | 病気 | コメント(0) |
噴出
同僚が帰った後もひとり残業した。

残業後、休憩室兼更衣室で着替えつつ、
テレビをつけたら、
桜島の噴火映像が映った。


爆発して噴出するオレンジ色のマグマ。
その中を蛇行する稲妻。

噴火映像を見ていたら、
我慢していた涙が込み上げてきた。

ぽとん

ぽとん

ポロポロ

ボロボロ

ボロボロボロボロ

涙の水滴は川となり、
顎の下側で合流し、
床に降り続ける。

うっ…

うっ…

嗚咽が漏れる。


うがぁーーー!
ぅあああーーー!

声を上げて泣いた。

私の気持ちも噴火した。


4年間、常勤として、
4年間、フルタイムパートとして、
4年間、週4日~5日パートとして。


装具を使うようになっても、
杖を使うようになっても、
松葉杖を使うようになっても、
電動車椅子を使うようになっても。


通勤ラッシュを避けた早朝出勤(4:30起床、5:30出発)も3年間続けた。

好きな仕事の為でもあったけど、
保険の為でもあった。

辛くても頑張れた。

12年間、被保険者を維持してきた。

これからも維持したかった。


誇りだった。

社会人になってから、自分の中で大きな支えだった。

病気に立ち向かうモチベーションだった。




仕事の内容も、
周囲の理解や協力も、
何ら変わらない。

なのに、なんなの?この喪失感。

悔しい。
悔しい。
悔しい。


「たとえ週1回になったとしても、居て欲しい。」

こんなこと言って貰える私は幸せ者です。


でも、

今は、

職場の皆さんの気持ちに添えなくてごめんなさい。






30分泣いて、更衣室を出た。








【2016/02/06 00:26 】 | 病気 | コメント(3) |
価値観の矢印を動かすために泣く
私は、
同年代の人が当たり前にできることを、
当たり前にできない。

年上の人が当たり前にできることを、
当たり前にできない。

週4日勤務が、
2月から週3日になる。

1月末で健康保険の被保険者を喪失する。

少しずつ、確実に、当たり前が当たり前でなくなっている。

また喪失感との葛藤だ。
たとえ、私にしか出来ない事があったとしても、それでは埋められない穴。

価値観を転換することでしか埋められない穴。

転換するには、
マグマのように熱くドロドロとした悲しみと対決するから、
心のエネルギーを大量に使う。


泣いて
怒って
泣いて
怒って
泣いて
怒って
泣いて

そうしながら、
価値観の矢印を動かしていく。

転換できた頃、次の「当たり前」を喪失する。

これが、進行性難病の残酷さ。


さあ、泣こう。

そして、起き上がろう。
【2016/01/30 01:37 】 | 病気 | コメント(2) |
判定終了
下肢補装具の判定終わりました。
理学療法士さんでした。

物腰の柔らかいPTさんでしたが、
聞かれるところはしっかり聞かれました。

「なぜ今までの靴装具ではだめになったのですか?」

「下肢の機能は以前よりどのくらい低下していますか?」

足首がどれだけ緩いかを見てもらい、
どういうことができなくなったのか話しました。

「できません。」
「進行しました。」

事実を話すことと、
それに絡まる感情は、
別物と考えて、
切り離して話しました。

切り離す為に、
話しながら私が考えていたことは、

判定が終わったら、
道の途中にあるスタバで、ピーチフラペチーノを買うんだ。
暑いからきっと頭キーンってして美味しいんだろうな~
鼻先人参馬の心意気で、乗り切りました。



んんんー!うまーい

さて、これから出勤です。
スタバ出費の分も働くぞ~
【2015/08/07 10:48 】 | 病気 | コメント(0) |
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