スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:-- 】 | スポンサー広告 |
博士の愛した数式
「博士の愛した数式」

確か、市民会館での映画上映会で観たんだっけ。


その少し後、父が脳梗塞で倒れ、記憶に障害を遺した。


父は、博士になった。




父の記憶障害は波があり、父の時と、博士の時とを行ったり来たりしていた。

どちらも父であることに変わりはないのだけど、当時の私はそれを受け入れることができなかった。



実は、父が倒れてから亡くなるまでの2年6ヶ月間の記憶があまりない。

余裕なく忙しかったのか、それとも耐えきれず心が封印したのだろうか。


どちらにせよ、思い出せないことは無理に思い出さなくていい。


父の笑顔が思い出せれば、それでいい。
スポンサーサイト
【2013/08/09 22:25 】 | | コメント(0) |
父の日
父が他界して1年半。
ようやく書けました。







父は脳梗塞の後遺症で言葉を上手に話せなくなった。

受傷前の記憶や習慣になっている記憶は覚えているが、単発の新しい記憶を維持するのが難しくなった。
5分前の事が思い出せない。

そんな父とのコミュニケーションは至難の技だった。
初めは、父も家族も戸惑いお互い感情的になりぶつかり合うことも多々あった。
そのうち、ずっと一緒にいる母は、ジェスチャーや表情から「父語」の翻訳が出来るようになってきた。
でも、一緒にいる時間の短い私には、「父語」の翻訳は難しかった。

父は、単語や短い文章ならば幾つか話せた。


おはよう
おやすみ
いただきます
ごちそうさま
ちがう
ありがとう




父とのコミュニケーションは、ジェスチャーと聞き取れる言葉と母の通訳で成り立っていた。


コミュニケーションの難しさ、
変わり果てた父の姿を受け入れられない気持ち、
自分の心身の具合の悪さ、
それらが重なり、段々父との会話は減っていった。





あの日、父はデイサービス先で痙攣発作を起こし倒れた。
緊急入院し、約1ヶ月半後、一度も自宅に戻ることなく旅立った。



後悔はたくさんある。
寂しさもたくさんある。

でも、大丈夫。










いつもは、仕事から帰り、私が「ただいま」と言うと、
父は「おかえり」と言う。
私が「ただいま」と言わなければ、
父は「おかえり」と言わない。


父が緊急入院する少し前、いつものように仕事から帰り、玄関でリビングに居る父と目が合った。

父が「おかえり」と言った。

初めての、父発信の「おかえり」だった。

すごく嬉しかった。

その時の、穏やかな父の顔と声が、自宅で見た父の最期の記憶になった。



今、家のどこを探しても父の姿は無いけれど、
玄関を開けると、 いつも父の「おかえり」が聴こえる。



寂しいけれど、
あの「おかえり」が、いつも心にあかりを灯してくれているから大丈夫。





父は3歳でポリオにかかり、小児麻痺の後遺症を負った。

足首の固定手術を受ける18歳まで、松葉杖無しでは歩けなかった。

それでも、どんな遊びも友達と一緒にやった。

松葉杖で野球をやった。
サッカーもやった。

工夫したら出来ることは何でもやった。


お父さんが出来たんだもん。私にも出来る。



私の病気が分かり、絶望し泣き濡れる夜に寄り添い、共に泣いてくれたのは父だった。

健康な体を失った悲しみを、
不自然な歩き方を人にじろじろ見られる辛さを、
同じ道を通ってきた者として共感してくれた。


お父さんが耐えられたんだもん。私も耐えられる。




父のDNAは確実に私に遺伝している。


お父さん、
ありがとう。
【2011/06/19 10:40 】 | | コメント(2) | トラックバック(0) |
後悔を肥料に
時々、ふと父を思い出す。

こんなに早くさよならするんだったら


ああしてあげれば良かった。

こうしてあげれば良かった。

あんなこと言わなきゃ良かった。


浮かぶのは後悔ばかり。


時を戻してやり直したい。
それは出来ない。


これから訪れる時の中でこの後悔を活かしたい。

それは出来る。


父が教えてくれたこと。
娘は無駄にしないよ。
【2010/04/19 19:31 】 | | コメント(0) | トラックバック(0) |
もう辛くないんだね
亡くなってから初めて夢に父が出てきた。



元気に歩いて、両手を動かして、話して…

きっとそんな風に夢に出てくるんだろうな。

と思っていた。


でも、夢に現れた父は、


どこかに腰かけて、
何も喋らず、
微笑んでいた。


禿げて寂しくなってた頭はフサフサして、
肌艶も若返っていた。



父の穏やかな微笑みを見て安心した。



お父さん、そっちの世界で幸せなんだね。
よかった。



母に夢で見た父の様子を話したら、
母は「よかったよかった」と何度も呟いて涙ぐんでいた。

「お父さん、私の夢にはちっとも出てきてくれないのよ」
と文句もあるようだが、
母も安心した顔をしていた。



きっと、お母さんの夢でもお父さん会いに来てるよ。
「夢を覚えていたためしがない。」
って言ってるから、私に知る術はないけど、夫婦だけ時間、過ごしてるよ。
【2010/02/26 07:22 】 | | コメント(2) | トラックバック(0) |
一緒に過ごす最後の夜
コメントのお返しもせず、次々更新してごめんなさい。

明日が父の納骨で落ち着かないのです。


これからもずっと父が見守ってくれている。

そう確信はあるものの、
物理的な父が家からなくなってしまうことに抵抗と寂しさがあります。
【2010/01/24 00:04 】 | | コメント(0) | トラックバック(0) |
| ホーム | 次ページ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。